スクールブログ Hygee's Garden

「第58回広島県吹奏楽コンクール」が,広島市文化交流会館HBGホールで行われ,比治山女子吹奏楽部は,高校A部門と中学B部門に出場しました。

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高校A部門では,金賞を受賞し,広島県代表として中国大会へ出場することとなりました。

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中学B部門も,金賞を受賞することができました。

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このような素晴らしい結果がいただけたのも,保護者の方々をはじめ,多くの方々のご支援・ご協力のおかげです。ありがとうございました。

 

高校の部の中国大会は,8月26日(土)に島根県松江市の島根県民会館で行われます。

中国大会でも,精一杯の演奏ができるよう,頑張っていきたいと思います。

中学2,3年生の希望者13名が,7月28日(金)から2週間ニュージーランドへホームスティに出発しています。その様子をご紹介いたします。

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8月8日(火)

ニュージーランドの生活も今日が最後となりました。

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午前中は,ホストファミリーに向けてお礼のカードを作成し,その後は夜に行われるさよならパーティーの出し物の練習をしました。

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午後は現地校の日本語の授業に参加させて頂き,折り紙の折り方を教えたり,筆ペンで名前を書いてあげたりして,日本文化を伝えました。

夜に行われたさよならパーティーには,多くのホストファミリーが参加してくれました。

出し物では,比治山の校歌を歌い,ダンスを2曲披露し「PPAP」の踊りもしました。

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それから,ギターに合わせて「上を向いて歩こう」を歌い,最後にマオリ語のアルファベットの歌「アハカマ」を歌いました。ホストファミリーは,どのパフォーマンスにも感激してくれて,素敵なさよならパーティーになりました。

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いよいよ明日,ハミルトンを発ちます。

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12日間の滞在でしたが,言葉の壁や文化の壁など様々な困難に直面しながらも,みんな前向きによく頑張りました。たった12日間でしたが,素晴らしい経験をすることができました。

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語学力だけでなく精神面にもまた一段と成長したと思います。今後が楽しみですね。

 

8月8日(火)

 第65回広島地区高等学校夏季陸上競技選手権大会が8月7日(月)・8日(火)に、コカコーラウエスト広島スタジアムで開催されました。初日は台風5号の影響で1時間遅れての競技開始となりました。1日目は雨と風、2日目は暑さの中での大会となりましたが、各自がしっかりと挑戦した大会になったと思います。

 この結果、リレーを含む15種目14名が福山で開催される県大会に出場権(各種目20位)を獲得しました。

県大会→新人大会と記録に挑戦していきたいと思います。

 入賞者は以下の通りです。

1位 走高跳:加藤(高2)  1位 やり投:川崎(高2)  2位棒高跳:吉川(高1)

5位 200m・400m:箭野(高2) 7位走高跳:田中(高1) 8位100mH:久賀(高3)

総合7位、フィールド4位でした。

なお、1500mは8人ではなく、15人が決勝進出となっており、12位中辻(高3)・13位花守(高1)と2名が決勝を走りました。

中学2,3年生の希望者13名が,7月28日(金)から2週間ニュージーランドへホームスティに出発しています。その様子をご紹介いたします。

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8月7日(月)
 今日は早朝からバスで,ロトルアという街にある,テ・プイアというところに行きました。
 最初にニュージーランドの代表的な鳥,キウイを見学しました。
キウイは夜に活動する大変デリケートな鳥なので,暗くて静かな部屋で見学しました。
長時間寝る鳥のため,なかなか起きている時に出会えないと聞いていましたが,私達が見学した時はちょうど食事の時間で,動き回る姿を見ることができました。
 その後はマオリの文化パフォーマンスの鑑賞をしました。
授業で学んだ歌を聞いたり,授業で作ったポイを使った踊りや,男性が戦いの前に踊る迫力のあるハカを目の前で見たりして,マオリの文化を肌で感じました。
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 次に,南半球最大の間欠泉であるポフツ間欠泉を見学しました。
周辺は硫黄の臭いがただよっていましたが,水が透き通っていてとてもきれいな景色でした。私達が見学に行ったとき,1時間に1~2回噴出するポフツ間欠泉がちょうど吹き出していて,高く噴出しているところを見ることができました。
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 それから,スカイライン・ロトルアといって,ノンゴタハ山にある複合アトラクション施設に行きました。ここでゴンドラに乗り,山頂まで行き,ロトルアの美しい眺めを見ました。また,山頂からリュージュと呼ばれる,エンジンのないゴーカートのような乗り物に乗って一気に山のふもとまで下るアトラクションにも挑戦しました。予想以上にスピードが出て迫力満点でした。お昼はもう一度山頂に上がり,素敵な景色を見ながらランチを食べました。
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 昼食後は羊のショーを見にAgrodomeというところへ行きました。ニュージーランドで飼育されている様々な種類の羊の紹介や,羊の毛刈りショーなど,ジョークを交えたショーはとても楽しかったです。
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 とても忙しい1日でしたが,マオリの文化やニュージーランドの自然や遊びなど,多くのことを体験できた充実した1日になりました。

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「集え伊達の地に創造の短冊に思いをのせて」みやぎ総文2017のテーマです。昨年、広島で開催された全国高等学校総合文化祭は今夏、宮城県で開催されました。合唱部門では11校153名による広島県合同合唱団が編成され、8月4日(金)東京エレクトロンホール宮城にて発表しました。合唱部門のテーマは「唱 ~ひとり ひとりが輝くうたを~」でしたが、比治山女子高等学校の生徒もそれぞれ輝いていました。我が比治山女子合唱部の晴れ姿を応援に数名の保護者が仙台に駆け付けたので、PTAから報告いたします。
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混声合唱とピアノのための「初心の歌」より Ⅲ.とむらいのあとは

混声合唱とピアノのための組曲「みやこわすれ」より 4.みやこわすれ

 

の2曲を歌いました。大合唱団でしたが、気持ちを一つにして歌い上げました。お揃いの赤いシャツも華やかでした。暑い夏ですが、毎日練習を重ねてきた集大成で、みんな良い顔で歌っていました。さらに広島県合同合唱団の伴奏はわが校2年生の横本佳奈さんが選ばれていて、大合唱団を導く美しいピアノ伴奏を成し遂げました。

 

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閉会式での全体講評では二人の講師の先生から話がありました。「音楽を推進する力」を付け、楽譜の五線譜に書いてある事の他に皆がそれぞれ自ら進めてオリジナリティを出すことで連帯感が密になるとアドバイスいただきました。また、言葉があるということで広がりを持っていくのだから、皆で言葉を発信していってはどうかと話されました。そして全国津々浦々の自分と同じ高校生が同じ思いをもって歌を歌った経験をしっかり胸に刻んで未来に向かっていくようにアドバイスいただきました。

 

合唱部は、8月4日(金)に行われた、全国高等学校総合文化祭(みやぎ総文2017)合唱部門大会に、広島県合同合唱団として参加してきました。

広島県合同合唱団は、2014年に結成された、広島県内11校、約150人の合唱部が集まった混声合唱団です。

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2016年の「ひろしま総文」に向けて、2014年から準備を始めた広島県合同合唱団。「2015滋賀びわこ総文」でひろしま総文をPRするため広島県代表として初めて演奏し、「2016ひろしま総文」では大会の運営と、代表としての演奏を務め、「みやぎ総文2017」では、昨年度のお礼の気持ちを伝えるため、再び合同合唱団として演奏に赴きました。

 

これまで3年間共に活動してきた県内の仲間たちですが、これが最後の活動となりました。

ひろしま総文で使用したおそろいの赤いポロシャツを着て舞台に立ち、練習の成果を発揮しました。

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普段は別々の合唱部で、女声、男声、混声という異なる分野で歌っている生徒たちですが、一つの合唱団として声を合わせ、心を合わせて演奏することができました。

合同合唱団の解散の際には、「次はコンクールで会おうね」と声を掛け合いながら別れました。

これからも、お互いに歌を通して交流が続くことを願っています。

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昭和20年8月6日,広島に原子爆弾が投下され,今年は被爆72年目を迎えました。

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本校でも,旧比治山高等女学校の生徒73名,教職員2名の,計75名が原爆によって命を落とされました。このうち67名は,現在の護国神社入り口にあった,「中国軍管区司令部」での学徒動員の最中に原爆被害にあわれ亡くなりました。

本校では毎年,生徒会が主体となって,中国軍管区司令部跡にある慰霊碑で,8月6日に原爆死没者追悼式を行います。また,その後本校の「瞑想の森」の慰霊碑でも追悼式を執り行っています。

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世界恒久平和と,核兵器廃絶への誓いを胸に,生徒・職員で黙祷し献花いたしました。

 

また,今年の5月に,本校卒業生の岡 ヨシエさんがお亡くなりになりました。

岡さんは,昭和20年の8月6日,陸軍中国軍管区司令部の地下壕があったこの場所で,広島・原爆投下の「第一報」を伝えられました。

72年前の今日,何があったのか―,以下に岡さんの体験記を載せさせていただきます。

 

~交換台と共に~

昭和20年8月6日。 忘れることの出来ない日である。 私はその朝、前夜から勤務していたので、中国軍管区で朝をむかえた。 昨夜はいつになく多かった敵機の侵入の為、一寸ぼけた頭で朝食を済ませ、真青に晴れ上がった空をあおぎながら元気をとりもどして、交替迄の勤務に壕に入った。 今日は何時もよりおそい交替だなあと心の中で思って居る中に、8時頃より敵機の侵入である。そしてすぐ去る。

“空襲警報解除” ホッとする気持も束の間、又敵機は広島方面に侵入。 8時15分警戒警報発令の伝令が飛ぶ。 私は警報を各司令部、報道関係に知らせる役目をして居たので、交換機に一度に数本のコードをさして相手をよんだ。(何時もの事なのでさほど緊張感はなかった。)一斉に出た相手の方に、「広島、山口、警戒警報発令」を、言いかけた途端ものすごい紫色の閃光が目を射り、何か事故が・・・と思う瞬間、意識を失った。 2、3分もたったであろうか。 回復しかけた、意識のぼやけた目に灰色一色だけが目に入った。

舞い上がった砂塵がしだいにおさまり、意識も完全にはっきりして次第に明るくなった部屋の中、私はすわって居た元の位置より2m位飛ばされていることに気づいた。 机は横だおしになり、いすはこわれ、ただごとでない光景を目で追う中に、まだうすぐらい部屋の隅に板村さんが手で顔をおおってしゃがんで居る。 思わずかけ寄ると彼女が手をはなした。 目のまわりに血が・・・。

でもよかった、瞼にわずかな傷があった。 2人は机をざっと元にもどして外に出ようと隣の部屋に入る。 どの部屋も誰一人居ない。

板村さんより一歩おくれて外に出た私は一瞬呆然となった。 今迄あった司令部も、あっちこっちの建物も、ないではないか。 ただの木屑と壁土が山になっているだけ。 私は思わず濠の土手の上にかけ上った。 広島の街は・・・。 その目に映ったのはあまりにも残酷な瓦礫の街と化した広島であった。 赤茶けた想像することも出来ないむごい光景を目にやきつけながら私はその時初めて、「大変だ。」と血のさがる思いをしたのである。 下の方で兵隊さんが 「新型爆弾にやられたぞ。」 とどなっているのが聞こえる。 私は元の部屋にかけ込んだ。 そうだまだ通話の出来る所へ早く連絡を、そう思いながら電話機を持った。 九州と連絡がとれた。 そして福山の司令部へ、受話機に兵隊さんの声が聞こえるのももどかしく

「もしもし大変です。広島が新型爆弾にやられました。」

「なに新型爆弾!師団の中だけですか。」

「いいえ、広島が全滅に近い状態です。」

「それは本当か。」

大きくわれる様にひびく声。 その内に火の手が上がったのであろうか。 壕の上の草がパチパチ燃える音が耳に入った。

「もしもし火の手がまわり出しました。私はここを出ます。」

「どうかがんばって下さいよ。」 と兵隊さんの声を後に受話機をおく。 再び外に出ると炊事場のあたりではもう火がまわりパチパチと木のはぜる音がする。 その音にまじり建物の底から女の人の助けを求める声が耳に入った。

たまらなくなって水をかけようと板村さんとバケツをもって池の水を汲みに走った。 でも池の中は建物のくずが飛び散りほこりと砂でゴミすて場の様になって水は一滴もありはしない。 ああ駄目だ 他に出来ることは何か・・・、兵隊さんが下半身を建物の大きな柱にはさまれてもがいて居られる。 助けよう、出来るだけやって見ようと2人でかけ寄った。 でも組んだ様になってくずれている大きな柱は15才の少女が力一杯持ちあげても、ビクともしない。 傭員の松井さんがそこへ来て下さる。 3人は頑丈な棒を持って来て、力一杯柱をおこす。 少しずつ上がった。 身体をねじらせて兵隊さんも一生懸命はい出る努力をされる。 そして人一人を助けることの出来た喜び。 三人は手を取り合って喜んだ。 でもまだたくさんの人が・・・。

2人は走るようにして大本営跡の広場へ上がった。 大本営のまわりの芝生には負傷された兵隊さんが4、5人おられた。 その芝生に火の粉が散ってきて火がつきそうになる。 大本営の後にあった兵舎から軍服をとって来て火のついた草をたたいてまわる。 そのうちに手に負えなくなった。 火の手はあちこちにあがりぐるりと火に囲まれてしまった。 幾百年の歴史を秘めた城門も完全に火に包まれてしまった。 土手の草々も真っ赤になって、私達はものすごい熱気にたまらなくなり、泥水となっている大本営前の池につかった。 パシパシに乾燥した髪、あつくなっている服、頭から泥水をかけても一寸の間にからからにかわいてしまう。

今何時かしら?・・・ あの瞬間からどの位時間がたったのかしらと思いながら仰いだ空は、けぶってどんより暗い。 その中に此の世の色とは思えぬ不気味な赤さにくっきりと太陽が見えた。 その時でさえ、父の顔も母の顔も浮かんでは来なかった。 ただひたすらに国の為と教育され、職場で何時でも死ねる覚悟は出来ていたからであろう。 不意に、大粒の黒い雨が降って来た。 それは、ドロドロのまるで泥水である。 ものすごい豪雨になってあわてて負傷者を壕に運んだ。 10分か15分かたつとものすごい雨が嘘のようにやんだ。 私達は友達の姿を探した。 幼年学校に通じる城東橋迄来ると浜岡さんに逢った。 彼女は右手の関節の内側の皮がさけ肉がはみ出て、関節はくだけ右手はブラブラになっていた。 なんというむごさだろう。 むしょうに水をほしがる彼女! でも飲み水なんてどこにもないのだ。 赤ちゃんをなだめる様にして皆の行方を聞く。

「幼年学校の方へ皆行ったのよ。」 というので、「後ですぐ来るからね。」 と念をおして橋を渡りかけて途中迄来たとき、後ろでドボーンという音。 とっさに私は浜岡さんでないかと思った。 どうかちがうようにと祈る気持で走って帰ると、水を飲みたい一心の友は、堀に飛び込んですでに助からない状態で浮かび上がっていた。 全身火ぶくれになり、目がつぶれてしまい手はボロがさがったように皮がはげてしまった可哀相な奥田さん。

私は全身無傷の自分がみんなにすまなくてつらい気持でいっぱいだった。 お城の裏の方に逃げまどっている友はいないかと、お城の下を板村さんと一周した。 時間も何時かすぎ、木も草もやけ切れて、日もくれかかった頃、一緒の班だった古池さんや、宮川さん、森田さん達が帰ってきた。 再会を喜びながら、他県から救護に来られた兵隊さん達と一緒におにぎりを作った。 そして負傷されても割合元気な方達に配る。 私はおいしいと思って食べた。 そういえば朝から何も食べていなかった。

仮の収容所が幼年学校に出来て、大本営跡の芝生に居られた兵隊さんもそちらへ移られた。 背中に20センチ程の棒切れが突きささった青木参謀は青ざめた顔で、看護兵の手当てを受けて居られる。 大の男の兵隊さんが脱脂綿を多めに背中に当てて、力一杯棒を抜きとられた。 見るまに脱脂綿が血に染まって少々では足りない。

色々な傷を見た。 脳天に穴のあいた兵隊さん、脈うつ度に中の肉が一緒にヒクヒク動く。 全身黒こげで死んで居る兵隊さん。 空をにらんだまま目をむいで死んでいる兵隊さん。 お腹が破れて腸がはみ出て死んでいる兵隊さん。 負傷した兵隊さんが地の底からうめく様な苦しい声で 「おかあさーん」 と叫んでいるのが暗い夜空に尾をひいて、まるで地獄に居る様な思いだった。 つかれ切って何時の間にか私はねむってしまった。

8月7日は朝早くから森田さん板村さん達と仮収容所へ看護へ行く。 太田さんもいた。 水野さんも向井さんも。 全身ひどい火傷のクラスメート、夏の暑さの為に傷に蛆がわいてそれを痛いとひと言も言わず 「仕事をさして下さい。」 「私は行かなければ・・・」 「交替の時間です。」 と健気な友の声に私達は涙が止まらなかった。 一日中看護につきっきりで7日の夕方が来た。 一人二人と兵隊さんが亡くなって行く。 友達4、5人で表の城門の方へ水を汲みに出かけた。 第一の城門わきに、まだ年若いアメリカ兵が横になっていた。 しきりに 「ウォーター、ウォーター」 と私達によびかける。 少し可哀相だけど水なんかやれない。 私達の広島を、私達の同胞を、こんなにいためつけた国の人に。

あちらこちらにまだ火がくすぶって居る。 城外に出ると、やけにアスファルトが足の裏にあつい。 まだとても紙屋町迄行くのも無理であろう。 父や母はどうしているであろうか、帰れるものなら帰って元気な姿を見せて安心させてあげたいと思った。 夜、壕の中では仕事が続けられた、 まだ戦争は終ってはいないのだ。 情報が入りそれを送らなければならない。 あちこちに手伝いにちらばっている為、夜の伝令も必要だ。 私は幼年学校への伝令をかって出た。 途中傷ついた人のうめき声にびっくりして走り出せば何かにつまづいた。 見れば死体である。 暗い夜道はただでさえこわいのに、歯をくいしばってこわさにたえた。 帰り道は2、3人の友と山中先生も一緒であった。 死の町に月がのぼり真上にあった。それは細い上弦の月であった。

山中先生が 「皆はあの月を何と見るか。」 と言われた。 私は 「上弦の月ですか。」 と尋ねた。みんなも口々に何か言った。 最後に山中先生が 「あれは荒城の月だよ。」 と言われた時みんな一瞬しんとなった。 昨日迄そびえていた五層の天守閣はもうそこにはない。 くずれおちてしまったその上に侘びしい月の光!! まさに荒城の月でなくてなんであろう。

あけて8日。 友達は次々に亡くなって行く。 美しい純粋な気持を持って清らかな少女は最後迄仕事のことばかり口にして死んで行った。 竹槍を持ったまま即死に近い状態で死んだ西丸さんや佐藤さん服部さん。 歌を口ずさみながら全身やけどなのに美しい笑い顔さえ浮かべて息をひきとった友。 日本刀を杖に夕やみ迫る空を、じっとにらむ様にして立っていらっしゃった美しい須川先生。 自分のシャツを引きさいて生徒の看護に懸命につくされた、校長先生の慈愛と悲しみみちた姿! 24年たった現在も忘れることは出来ない。

生き残った私達のつとめは、続けられる限り毎年8月6日には集まって若くして逝った亡き友の冥福を祈り、思い出を新らたにしたいと思う。

最後に原爆の日に福山の司令部に連絡電話をした兵隊さん、小川国松さんに42年2月、東京で奇しき対面をしたことをつけ加えてこの筆をおく。 (『炎のなかに』より)

 

8月6日(日)

明日からの高校地区大会に向けて、学校で調整練習をしました。

今週は、1日(火)、4日(金)とコカコーラウエスト・呉市総合の競技場で練習しました。

高校3年生もまだ出場しますが、リレーは下級生主体のチームに切り替わりました。個人・チームで、この夏、それから秋の新人大会としっかりと結果を出していきたいと思います。

 

8月3日(木)~4日(金)に宮城県多賀城市の多賀城市文化センターで行われた「第41回全国高等学校総合文化祭みやぎ総文2017 吹奏楽部門」に,本校の吹奏楽部が出演しました。

仙台市や会場の多賀城市はとても涼しく,広島とは全く異なる気候で驚きました。

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大会当日は,朝早くから地元の仙台第一高等学校さんで練習させて頂きました。

仙台第一高等学校 吹奏楽部のみなさん,本当にありがとうございました。

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出演前に練習をさせていただくことができ,本番では広島県の代表として精一杯の演奏ができたように思います。

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演奏後は,他団体さんの演奏を鑑賞しました。

どの学校さんも,代表校ということもあり,迫力のある熱演ばかりでした。

 

3日(木)の夜には,出場団体による交流会があり,各校の代表者が,吹奏楽やご当地にちなんだクイズに挑戦するクイズ大会が行われました。

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その大会で,本校はなんと同点一位(その後,じゃんけんにより二位)となりました!

賞品として,宮城名産の笹かまぼこをいただきました!

 

また,宮城県への遠征でしたので,東日本大震災の被災地である,宮城県の閖上地区を訪れました。

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閖上地区で実際に被災された方のお話を聞かせていただくことができました。

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ここには街があったこと,多くの子どもたち,またその親御さんがたくさん亡くなられたこと,その方々がここで生きていたという証のすべてが,津波でなくなってしまったこと…。

お話を聞き,たくさんの生徒が涙を流していました。

 

6年前のあの日―,大人にとってみればまだまだリアルに感じられる6年という年月ですが,高校3年生でも当時は小学生,中学1年生はまだ小学校入学前の幼稚園生でした。

今,この子たちが,被災地を訪れ被災者のお話を聞き,心を揺さぶられる経験ができたことは,とても大きな意味があったと強く感じました。

 

今回のみやぎ総文では,たくさんの経験をさせて頂きました。

保護者の方々をはじめ,応援して下さった方々,みやぎのみなさん,本当にありがとうございました。

 

バトン部です!第41回全国高等学校総合文化祭(みやぎ総文2017)に出場しました。

まず,7月31日(月)には仙台市の宮城野通りでパレードを行いました。

広島新庄中学・高等学校 吹奏楽部さんの演奏に合わせて,広島修道大学附属鈴峯女子中学校・高等学校に続いて演技を行いました。

沿道の方々の声援を受け「それ行けカープ」で広島らしさをアピールすることができました。

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また,8月2日(水)には仙台市の宮城野体育館で,マーチングバトン・バトントワリング部門に参加しました。

広島修道大学附属鈴峯女子中学校・高等学校との合同バトンチームとして,葉加瀬太郎の『Born to Smile』に合わせて会場に笑顔を届けました。

観客の方々からお褒めの言葉も頂きました。

前日から集中した雰囲気をつくることができ,とても実りある遠征となりました。

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今回学んだことを生かして,来月初旬に行われる大会に向けての練習を進めていきます!